2012年5月14日 (月)

「適切な引用・要約」と「無断引用・剽窃」は異なる

 久しぶりの更新です。久しぶり過ぎて今まで何を書いていたのか覚えていないくらいです。
 さて、今日はとある記事がネット上で拡散されていたので、それについて言及しておこうと思い立ちました。以下の記事です。

コピー&ペーストは本当に悪いのか?:学生の「コピペレポート」に憤慨する大学教員に異議あり!

 本学で山越と同じく「論述・作文」を担当されている佐々木冠先生も、学生から紹介されたこの記事について、ブログでコメントされています。

コピペはまずいよ、基本的に

 以下、山越のコメントです。

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2011年10月25日 (火)

道新における「論述・作文」に関する記事(2011年10月17日朝刊)について

 先日、北海道新聞にて「論述・作文」にかんする記事(2011年10月17日朝刊・...

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2011年9月21日 (水)

人の名前

 モンゴル系の人たちの名前には、いくつかのバリエーションがあります。チベット語(おもに仏教用語)から取り入れた名前、ロシア語から取り入れた名前(モンゴル国にいる)、中国人と同じく、漢字の意味を重視した名前(中国内モンゴルで見られる)、そしてモンゴル語の単語から作られた名前。

 (あくまで印象ですが)世代・地域によってさまざまな傾向があるように感じます。たとえばぼくが調査に行っている村では、中年層以上の世代ではチベット語名が多く、中年層には共産主義的単語(闘争とか)が使われた名前もあり、いまの子どもたちはチベット語名もいるけれど、モンゴル語の「いい印象(「喜び」とか「花」とか「太陽」とか「美」とか)」の単語が使われる例も多くなってきているようです。

 チベット語名が多いのは、チベット仏教のお坊さんに名づけてもらう習慣があったからです。ま、いろいろな政治的要因でそういうことができなかった時期もありましたが、いまもお坊さんに名づけてもらうケースがあるようです。

 で、モンゴル人の名前というと、しばしば話題にあがることがあるのが「あえて珍名をつける」というもの。これは、悪霊に幼い子が狙われるのを避けるため、あえて奇妙な名前をつけるのだそうです。

 こうした「珍名系」の名前には、「文」がそのまま名前になっている例も見られます。てもとにあるСэржээ, Ж. (1991) Монгол Хүний Нэр. Шинжлэх Ухааны Хэвлэл.(セルジェー『モンゴル人の名前』)には、こうした名前の例が取り上げられています。いくつか例をあげてみましょう。

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2011年8月24日 (水)

5年ぶりにモンゴル国へ

 先日、1週間ほどモンゴル国へ行ってきました。前回行ったのは2006年のことなの...

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2011年7月27日 (水)

追悼・池上二良先生

 満洲・ツングース諸語研究、とりわけウイルタ語研究における第一人者であった北海道大学名誉教授・池上二良先生が7月15日に亡くなられた。享年91歳。僕の師匠の師匠にあたる先生であった。僕ごときが哀悼のことばを記すなんてのは分不相応にもほどがあるのだが、先生に対する思い出を書きとどめておきたいと思い、人があまり目にしないこのブログに書くことにした。僕などよりずっと近しい先生方が大勢いらっしゃるため、先生の詳細な業績等については、どなたかがまとめてくださるだろう。ここでは先生に対する僕自身の思い出についてのみ、記しておきたい。

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